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腹八分。これは小さい頃、一緒に暮らしていた祖父から繰り返し教えられた言葉。
ばちが当たる。これもそう。
「お米ひと粒には七人の神様がいる。粗末にしたらばちが当たって目がつぶれるよ」
それが神様なのか仏様なのか正体は分からないけれど、自分を見守っている大いなる意識の存在を、僕は今でも信じている。
その場に祖父がいたらきっと叱られるだろうと思うことは、今でもやっぱりできない。
思えば祖父は「足りる」ということを知っていた人だった。
祖父母と両親、それに父の妹が二人、弟が一人。父の妹の夫。それに僕と妹。
下町の10人家族は、特別貧しくもなく、かといってお金が潤沢にあるわけでもなく、ごくごく普通
の家。
長火鉢の灰をならしながらエコーを喫う和服姿の祖父は、厳格で凛としていて、幼い僕の憧れだった。
満腹を嫌う人だった。
静かに晩酌をして、決して乱れることのない人だった。
品のないことを嫌い、バスに乗っても席を譲る老人だった。
かつては日本にもこんな人がいっぱいいたのだろうと思う。
アイヌ文化の本を読みながら、ふと考えた。
古くからその地で暮らす人々、特に先住民と呼ばれる人々の文化には、富の偏在がない。
自然に感謝し、自然を敬い、様々な姿をした神々に祈りながら暮らしていた。
必要なだけの食料を上手に分け合っていた。
つまり、足りていたのだ。
使い切れないほどの富を手に入れて、それでもなお、更なる富を求める。
富を手に入れるために、人を騙す、貶める、殺す。
そんなことをしていたら、ばちが当たるよ。
祖父の声が聞こえてくる。
豊かに生きたいと思う。
必要なだけのお金を稼いで、質素だけれど豊かに生きたい。
この「豊か」の尺度を何処にセットするのかが重要なんだ。
食べ物を粗末にしたら、ばちが当たって目がつぶれる。
これはきっと本当のことなんだ。
祖父の声が聞こえてくる。
なぁんてコト書いていたら、こんなサイトがありました。
サムシンググレートについて触れています。 (追記2003.4.5)
『宇宙からのメッセージに耳を傾けよ――スペースシャトル事故と迫り来るイラク攻撃』
http://thank-water.net/japanese/article/nakazawa1.htm
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