いい年こいたオヤジが考える10代のセックス (2004.4.24)

『ジェネジャンSP』の再放送を見た。
『31歳ガン漂流』の奥山貴宏氏が出演したということで、今度こそはとチャンネルを合わせたわけ。

で、番組を見終わって思ったこと。
今回のテーマが『性』と『命』だったんだけど、オンエア中は倅が五月蠅くて、あまり集中して見られなかったことを断った上で、元々番組を見ようと思った動機であるところの奥山氏出演の『命』ではなく、『性』についての討論について。

10代(と童貞+処女)はセックスについて語るな!

パネラーを、愛のないセックスは『アリ派』と『ナシ派』に分けて討論が進めていく形式だったのだけれど、『愛』というものがなんぞやという定義が曖昧なままで、このカテゴライズはそもそも意味がない。
僕には、ブルセラだったり援交だったりAVだったりという性風俗と、それらを肯定あるいは否定する道徳観、価値観の対峙というこのディスカッションは、『性』の一つの側面 だけを取り上げているに過ぎないと思えた。
日本語の『セックス』と『性』は違うものだ。

仮にこの場合の『愛』というものを、『狂おしいほどに相手が好きで、その相手を誰よりも大切に思っている』なんて感じに定義してみる。
僕の場合に限っては、『愛』なんてなくても気持ちのいいセックスはできる。
セックスするために、相手のことを好きだという気持ちはほんのちょっとでOKで、逆に愛している相手とだからって、必ずしも毎回毎回最高のエクスタシーが得られるかと言えば、決してそんなことはない。
生殖を目的としないセックスの是非についてを語るつもりはないので、あくまでその行為によって快感が得られるか否かという話。
もっと言ってしまえば、射精による快感は、セックスよりもオナニーの方がよりダイレクトで強烈だ。
逆に、セックスによる快感は、性器からの刺激以外のウェイトが大きい。
『気持ちのいいセックス』の気持ちの良さに、射精による快感以外も広く含めるのであれば、前述を翻して愛の有無も大きな意味を持つ。
極端な話、女の子とデートの約束をした時点からセックスは始まっていて、別 にチンポが勃起していなくたって、何となくにやけたりドキドキしたりするのだって、エクスタシーの素材なのだと思う。
この、セックスとオナニーの違いは、経験しなければ絶対に理解できない。

これは個人差もあるのだと思うのだけれど、10代の頃よりも20代、30代になってからの方が、セックスそのものは気持ちが良くなってくると思う。
高校生の頃なんて射精を堪えるのに必死だったし、精神的に余裕なかったもんな。
スコラとか読んで爪を短く切ったり、片手でコンドーム付ける練習してみたり、まぁイメージトレーニングは欠かさなかったけれど。
オナニーと違って、もの凄くメンタルな部分が重要なものだし、セックスそのものが目的になっている時って、セックスの快感にはなかなか辿り着かない様な気がする。
数少ない経験から言っても、男も女も肉体の成熟と経験が、快感のチャンネルを開発すると思う。
昨日今日初体験を済ませた女子高生が、背骨が折れるほど感じちゃうなんてのはAVの中だけのファンタジーだ。

だからといって、できるだけ若いうちからガンガンやりまくればいいと言っているわけではないよ。
知識に乏しいカップルが不潔な性器で避妊もせずにセックスすれば、後々よろしくない結末に至るのは容易に想像できる。
それよりも10代のうちは、どんどん妄想を膨らませてオナニーしまくる方がいいよ。
妄想ってセックスの重要なファクターだから、妄想力(なんてコトバはないけど)を鍛えるべき。

番組の中で加藤鷹さんが言っていた「学科だけはクルマは運転できない」という例えは面 白かった。
これほど分かり易いまとめもなかっただろう。
杉本彩が言ってた「セックスしてみなければ男は分からない(セックスすればその男が分かるだったっけ)」は、カノジョの勘違い。
セックスして分かるのは、セックスの相性と相手の身体的特徴だけ。

って、いい年こいて熱く語ってんじゃねぇよって思った?
僕も自分でそう思ってます。



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