#002 不良になりたい

あーあ、昔の不良になりてぇなぁ。

だってさ、昔だったら髪の毛長くしたり、バイクに乗ったり、ギター弾いたりするだけで不良になれたんだろ。

コットンのツナギ着てギター抱えるだけで不良って呼ばれたりしてさ。

今は色々と難しいんだよ。

何かというとPTAが騒ぎ立てるもんだから、先生たちはいつでも生徒の顔色をうかがっている。

髪の毛伸ばしたくらいじゃ何ともない。

バイクの免許もバンドも“生徒の権利です”ってなわけ。

いっぱしの不良になってさ、「大人たちはオレたちの気持ちなんて、なんにもわかってねぇんだ!」とか言ってみたいわけよ、こっちは。

「オレたちは腐ったミカンじゃねぇ!」ってアレだよ。くぅ〜、カッコイイ〜。

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不良への憧れを諦められないもんだから、いっちょ覚悟決めて本物になってやろうって「オレ、バイクに乗るぜ」って言ったら、その日のうちにパパは革のツナギとヘルメットとブーツにグローブを揃えて帰ってくるし、ママは教習所のパンフレットを取り寄せて「翔ちゃんは昔から運動神経が良かったから、きっとすぐにお免状いただけるわぁ」なんて言い出した。

免許?

あー、無理無理。

パパの顔を立ててやらなきゃと思って革のツナギで教室に入ったオレを見て、教官は吹き出した。

それにママが申し込んだのはオートマ限定免許とかいうヤツで、卒業しても乗れるのはスクーターだけなんだって。

「右足を着くな」だの「右折の3秒前にウィンカーを点けろ」だのゴチャゴチャ言われているうちになんだかこんがらがって、急制動っていうんだっけ? 時速40キロで走ってきて急ブレーキかけるヤツ。あれで思い切り転んで膝に痣ができたからやめた。

別にバイクに乗らなければ不良になれないわけでもないし。

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それで、やっぱり不良はロックだよなぁって思って「オレ、ギター弾くぜ」って言ったら、パパは早速ナントカっていう人が弾いてたってギターのレプリカだとかいう結構なモデルを買ってきちゃうし、ママは駅前の音楽教室のパンフレットをあれやこれやとテーブルに広げて「翔ちゃんは小さい時から歌が上手だったから、きっと素敵なアーティストになれるわぁ」なんて言い出す始末だ。どっさり買い込んできた楽譜の一番上のヤツには『アランフェス協奏曲』って書いてある。協奏曲ってロックじゃないよな。

もちろん音楽教室には、パパが買ってきたギターを持って行ったよ。

ケースから取り出したギターを見て講師は吹き出したね。

「キミ、それどうしたの?」だってさ。

どうしたもこうしたも、オレのギターだっての。

初めは簡単なコードからとか言って、なんていうのアレ。ほら、薬指と中指だけで押さえるヤツ。そうそうイーマイナー? それを習ったんだ。

で、次が人差し指を足してエーマイナー。ここまでは、まぁ何とかなった。でもこの後がいけない。

人差し指を外して中指と小指をずらしてジーだっけ? 人間の指は、そんな風に動くようにできてないっての。シゼンノセツリに反してるよな。

「頑張ってもう一つ、Dを覚えたら一曲弾けるよ」なんて言って講師が弾いてくれたのが、アリスとかいう昔のバンドの曲。なんつったっけ? そうそう『チャンピオン』だ。

これのどこがロックなんだよって、思わず力が抜けたね、オレは。「ユーキーキー♪」ってなんだよ。

それで、もうやめようと思って教室を出たところで、クラスの森田に会っちゃったんだ。

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オレは本物の不良を目指している関係上、恋とかはしないわけ。

そいういう軟弱なヤツは不良じゃない。

だからクラスの女子ともたまにしか話したりしないし、放課後に女子と会ったりもしないの。

でも今日のは偶然だから仕方ない。

ちなみに森田は背が高くて顔が小さくて目が大きくて胸もでかい。

別に恋とかはしないけど、森田だったら付き合ってもいいかなって思わなくもない。

「小松ってギター弾くんだ」

オレが肩に抱えているケースを見て森田が言った。

「え? ああ、ちょっとだけ…」

「へぇ、ちょっと見せてよ」

オレの肩からひょいとケースを取り上げると、森田が勝手にファスナーを開けて中のギターを取り出す。

ケースを掴まれるときに軽く腕がぶつかって、その瞬間にふわっと甘いような酸っぱいようないい匂いがして、オレは少しの間意識が飛んでいた。

「うわ! ギブソンじゃん!」

森田の声でハッと気がつく。

「小松、凄いの持ってるじゃん!」

オレはギターなんてよくわからないけど、森田は明らかにオレを尊敬のまなざしで見ている。

そんな目で女子に見つめられるなんて、生まれて初めてだ。

「まぁどうせ買うならいいヤツにしようと思って…」

「バイトしたの?」

「まぁ…そんなとこ…」

「凄いよ小松! あー、あたしなんか尊敬しちゃうよ」

やばい。

オレは本物の不良だから恋はしないけど、真剣にオレを思ってくれる女子を振るのも男らしくないって思う。

仮に結婚なんてことになったら、森田は“小松千絵”になるわけか。

悪くないな…。

「…みせてよ」

森田の声でハッと気がつく。

「え?」

「だから、弾いてみせてよ」

「何を?」

「ギターに決まってんじゃん。ね、ついてきて」

パッとオレの手を握ると、森田はそのまま手を引いて歩き始めた。

さっきと同じ匂いがして、オレは手のひらにじっとりと汗をかいていることに森田が気づかないようにって、そればっかりを考えてた。

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商店街の真ん中あたりの雑居ビルの階段を、森田はどんどん上っていく。

森田の制服のスカートがふわふわと揺れるたびに、オレはドキドキしてついつい覗いてしまいそうになるが、自分に好意を持っている女子のパンツを見るなんて、正統派の不良がすることじゃないから必死で堪えた。

「ここだよ」

そう言って森田は漫画喫茶みたいな店のドアを開けて中に入っていく。

慌ててついて行くと、森田はカウンターにいたポニーテールの女の子とパチンと手を合わせた。

「今日は遅かったね。彼は友達?」

「うん、おんなじクラスの子。ね、来てる?」

「もう始まってるよ。広い方。Dスタ」

「サンキュ」

森田がコピー用紙にプリントされた「D」が貼ってあるドアを開けると、ギターだのドラムだのの音がものすごい大きさで響いていて、オレは思わず耳をふさいだ。

ドカドカダムダムドドドンッダッシャーン! ベキベキベキベキベギューンダカタッ!

森田に気づいた一人がさっと手を上げると、好き勝手に音を鳴らしていた方が手を止める。

「おせぇぞ、千絵」

「ゴメン、ゴメン。バイトが長引いちゃってさ」

「そいつ、誰?」

「クラスの子。小松」

「それギター?」

鼻ピアスをした男が、俺の手からひょいとケースを取り上げる。

「すごいんだよ、小松。ギブソン弾くんだから」

得意げに答える森田。

勝手にケースを開けてギターを取り出した男が「おおー」と叫ぶ。

なんだこいつら。なんで森田を呼び捨てにしてるんだ。なんでオレのギターに勝手に触ってるんだ。

怒鳴りつけてやろうかと思ったけれど、森田の立場ってもんもあるから、オレは黙っていることにした。

ドラムを叩いていた金髪がオレのギターを抱えて言った。

「すげぇな、本物じゃん。ちょっと弾いてみろよ」

「え?」

森田も言う。

「ね、弾いてよ小松。もしかしてオリジナルとかあるの?」

「いや…あの…」

鼻ピアスが言う。

「何だよ、はっきりしねぇな。なんでもいいからちょっと聴かせてくれよ」

「いや…だから…」

「小松?」

森田の顔が不審そうに曇っている。

「…まだ……から…」

全員の顔にはてなマークが浮かんでいるのを見て、思わずオレは大声を出してしまった。

「だから、先月から始めたばっかりなんだよ! オレができるのはイーマイナーとエーマイナーだけっ! ギターはもうやめるんだよっ!」

———-

一瞬、間が空いたと思ったら、鼻ピと金髪が思い切り笑い始めた。

「うっはぁ! EmとAmだけしか弾けねぇヤツがギブソンかよ!」

「おまえ、豚に真珠って知ってるか?」

オレは制服の裾をギュッと掴んだまま何も言えなくなっちまった。

だから嫌だったんだ。

パパがこんなヘンテコなギター買ってくるから…。ママが調子に乗って音楽教室に申し込んだりするから…。

もうこんなところにいるのは嫌だ。

そう思って帰ろうとしたところに森田の声が響いた。

「なんなのよ、あんたたち! あたしたちだって初めは弾けなかったじゃん! ケンゴが持ってきたのは叔父さんからもらったナイロン弦のクラシックギターだったし、キムだってお囃子の太鼓しか叩いたことなかったじゃん!」

腰に手を当てて仁王立ちになった森田が、顔を真っ赤にして怒鳴っていた。

「初心者を馬鹿にして笑うのが、あんたたちのロックなの!? そんなかっこ悪いヤツらと一緒に武道館なんて目指せないっ!」

えぇーっ?

武道館って、夏にチャリティイベントで芸人がマラソンしてみんなで泣く、あの武道館?

AKB48とかがコンサートやる武道館?

本気? 本気なの森田?

「ゴメンね小松。あたしが勝手に盛り上がって連れてきちゃったから」

そう言って顔の前で手を合わせる森田をポカーンと見ていたら、彼女の顔がみるみる真っ赤になった。

「って、小松! 今、あたしが武道館でライブなんてできるわけないって思ったでしょ!」

「いや、あの…」

「もういいっ! どうせみんなうちのバンドなんて大したことないって思ってるんだ!」

くるりと向きを変えて森田がスタジオから飛び出していってしまうと、オレはどうしたらいいのかわからなくなった。

「悪かったな、小松」

鼻ピが言う。ってか、早速呼び捨て?

「千絵、いっつもああなんだよ」

金髪が続ける。ってか、千絵? 彼氏面ですか?

「千絵、本気だからさ。いや、俺らだってマジだよ。だけどライブのチケットだって売れ残っちゃう俺らが武道館って口に出すのはちょっと…なぁ」

苦笑いで鼻ピが言うと、金髪も頷いている。

「どうすっかなぁ」

「とりあえず千絵探して機嫌とんないと」

「だな。小松、おまえも付き合えよ」

———-

なんだか成り行き上、嫌だとは言えない雰囲気になってしまった。

ぞろぞろとスタジオから出たその時、カウンターで森田が誰かと話しているのが見えた。

近づいていくと、森田と話しているのは音楽教室の講師だった。

なんであの講師と森田が話をしているんだ!?

「あ、ギターマン!」

鼻ピが素っ頓狂な声を上げる。

ギターマン? なんだそりゃ。あの講師のことか?

「だからギターマンって呼ぶなよ。今はただの音楽教室の講師なんだってば」

「いや、だって、俺たちからしたら、北条さんみたいなギタリストなんて…」

「そうっすよ。もうちょっと堂々としててくださいよ」

「いや、そういうのヤメロって」

苦笑いの講師に向かって尊敬のまなざしを向ける森田がいる。

なんだ? なんなんだ?

「また千絵ちゃん怒らせたんだって?」

「いや、そんなんじゃないですって。千絵はすぐに頭に血が上るから…」

「あたしは本気でこのバンドで成功したいって思ってるだけよ」

「だから、それは俺たちだって同じだって」

「ウソ! ちょっと目を離すとサボることばっかり考えてるくせに」

「まぁまぁ、ほらスタジオの時間、まだ残ってるんだろ。戻って一曲やろうよ」

「ホントですか!? やったぁ!」

なんだ、この和気藹々とした雰囲気は。

なんだ、この疎外感は。

なんなんだ、この音楽講師は。

———-

スタジオに戻ると、それぞれが自分の楽器を手にしてなんだか細かい調整みたいなことをし始める。

「ほら、小松くんも」

そう言ってギターマンと呼ばれた講師は、オレのギターをいじり始める。

「これでいい」

オレにギターを手渡すと、他の連中を振り返って講師が尋ねる。

「何やろうか?」

「じゃ、小松のギターにちなんで」

「『ギブソン』?」

「いいね、やろやろ」

「合図するから小松くんも入っておいで。EmとAmで参加しなよ」

講師はそう言うとカウントをとる。

「スリー、フォー…」

森田と講師が一斉にギターを弾き始めると、ベースを抱えた鼻ピが歌い始める。

     何をみんなツベコベ

     そうゆう俺もツベコベ

     それより金でも 貯めて

     あのショーウインドーの

     ギブソン 手に入れ

     あの娘に BLUES を聞かせよう

テレビで見るのとは全然違う!

なんだこの迫力!?

圧倒されているオレに講師が目配せする。

そうだった、イーマイナーとエーマイナーだっ!

アゴをしゃくってカウントをとった講師が、口のカタチを「イーッ」とやってみせた。

今だ。

習ったばかりのイーマイナーを4回。上から下に向かって弦を弾いた。

森田の目が輝いている。

鼻ピが笑顔で頷いた。

講師がもう一度目配せする。

今度は「エーッ」だ。

人差し指を添えてエーマイナーを4回。

金髪が「イェーッ!」と叫ぶ。

オレも「イェーッ!」と叫んだ。

     何をみんなツベコベ

     そうゆう俺もツベコベ

     それより金でも 貯めて

     あのショーウインドーの

     ギブソン 手に入れ

     あの娘に BLUES を聞かせよう

今度は一斉に全員で「イェーッ!」と叫んだ。

森田が講師を指して叫ぶ。

「ギターマン!!」

一歩前に出た講師がものすごい超絶技巧でギターをかき鳴らす。

「イェーッ! イェーッ!」

オレは叫び続ける。

不良になるのはやめだ。

オレはギターマンになる!

ギターマンになって、森田と武道館のステージに立つ。

「イェーッ! イェーッ! オレも武道館でギターマンになるぞーっ!」


GIBSON(CHABO’S BLUES) – 仲井戸“CHABO”麗市