叔父のこと

日々

ひと仕事終えて昔のテキストファイルを漁っていたら、叔父のことを綴った短い文章が出てきた。
そうだった。あの時、こんな風に考えたのだ。
この秋から同じ屋根の下で暮らすことになる叔父について、もう一度自分の中に落とし込んでおこう。


両親が出かけていたので、実家で同居している親父の弟と夕飯を食べた。
叔父さんと食事をするのは祖母の法事以来。二人きりの食事となると、恐らく初めてだった。
叔父は僕が小学生の頃に精神が不安定になって、祖母をはじめ父にも母にも暴力をふるって、僕は長い間早く死んでしまえと思ってきたのだが、大人になって色々な事情を知るにつけ、どうにもかわいそうな人なのだと思うようになった。
叔父は何かにつけ厄介な人で、けれど思い返せば弱電の教師だった彼は、幼かった僕を押上の古書店に連れて行っては、自分の本を山ほど買うついでに、僕にも毎回一冊の本を買ってくれた。
今は僕の両親が暮らしている家は、元は叔父と祖父の書斎がある離れで、叔父の部屋はディバイダーや三角定規やコンパス、大量の方眼紙と難解な図面、積み上げられた書籍が乱雑に散らばった、漫画に登場する博士のそれだった。
インク壺に浸したカラス口を付けたコンパスで藁半紙にクルクルと円を描く姿は、子供心に突き刺さる格好良さだった。
政治的な野心に乏しかった叔父は、講師として系列の大学を転々とし、思うように妻子との時間を取れないまま心を病んだ。

歳をとって、叔父は過去の記憶の多くを失った。
大声で怒鳴りながら父や母を殴りつけていた叔父はいない。
邪気の無い笑顔で僕の倅の成長を喜んでくれる叔父を憎み続けることができなくなった。

この人は親戚の厄介者として、このまま寂しく朽ちてゆくのだと思った時に、どうにもいたたまれなくなった。
かつて彼を恨み憎んだ僕の気持ちはどうなるのだ。
僕はきちんと叔父と向き合う必要があった。
叔父を許さなければ、このまま叔父に死なれては困るのだ。

僕は実家を訪れるたびに、母屋の叔父を訪ねた。
叔父とお茶を飲みながら、色々な話をした。
多くを語らない叔父だけれど、僕は今、彼が当時感じていた憤りや不安が少しだけ理解できる気がしている。

痴呆の入り口に立った叔父と二人で夕飯を食べながら、僕は彼が亡くなった時に、もうちゃんと悲しめると思った。
誰かが死んだ時に、いい気味だと思うような人間にはなりたくないと思っていた。
ボソボソと話しながら、それでも優しい笑顔の叔父と、近所の弁当屋で買ってきた夕飯を二人きりで食べて、許したのか許されたのかよく分からないけれど、何だかとても大切な時間を過ごした様な気がしていた。

2013.6.15