
(初代iPhone SEのスクリーンショット。古くでごめんなさい)
「ホンダ“超レトロ顔” 「斬新軽トラ」に反響多数! 「絶対売れる」「欲しい」 6速MTに「ターボエンジン」
SmartNewsアプリで表示されたひとコマ。
2024年10月23日の午前中に表示されたヘッドライン。ロック画面に表示されるのはさらに短いテキスト。「▶︎ホンダ“超レトロ顔”「斬新軽トラ」に反響多数!」という感じ。
大量のニュースが飛び交う中で、広告を収入源としているサービスはアルゴリズムを駆使して僕が興味を持ちそうなタイトルをピックアップして表示してくる。あらかじめ選択してある興味分野ならなおさらだ。もちろん自動車という予め用意されているタブにもたくさんのタイトルがあるのだけれど、その中でも僕は国産車、軽自動車、マニュアルミッションという単語に強く惹かれる傾向がある。
そこで上記のヘッドラインだ。
ホンダは数年前に軽トラの開発・販売を中止している。 ニュースのヘッドラインに「斬新軽トラ」というキーワードと「ホンダ」が一緒に表示されれば、ホンダが新しい軽トラを開発しているのではないかという勘違いが生じてもおかしくない。その勘違いをさらに後押しするのが「絶対に売れる」「欲しい」とつながるキーワード。ダメ押しで「6速MTに『ターボエンジン』」とつながる。
ここまで読んで、僕の頭の中には「ホンダが6速MTターボエンジン搭載の新型軽トラックを開発していて、それは市販の可能性がある」という身勝手な勘違いがグルグルと渦巻く。「レトロ顔ってことはT360オマージュのデザインになるのか!?」などと一人で盛り上がる。
勘違いする方が悪い。それは確かにその通りだ。このヘッドラインの中に、ホンダが新型の軽トラックを開発・販売するとは一言も書かれていない。 「ホンダが6速MTの新型軽トラを開発している!」と勘違いしてスクリーンをタップしてしまうのは僕の責任でしかない。
けれど、この先のニュース本文には僕が期待しているようなことは何一つ書かれていない。そこにあるのは2007年にオートサロンで展示されていたコンセプトモデルの紹介で「絶対売れる」「欲しい」という反響は当時のものだ。
こんなことは日常茶飯事だ。
「6速MTあり! 660ccの「新型スポーツモデル」発表! 」というキーワードの通知。
日本人の僕は「660cc」と聞けば軽自動車を思い浮かべる。「6速MTあり!」という記述から想像するのは、オートマチックミッションだけではなくマニュアルミッションも選択できるのだということ。軽自動車規格は日本国内専用だ。日本の自動車メーカーで2024年現在軽自動車を自社開発・製造しているのはダイハツ、スズキ、ホンダの3社。(これを書いた時点ではミツビシを失念していました。ごめんなさい)ダイハツは現行モデルのコペンがある。ホンダはS660の生産終了以降N-ONEがスポーツモデルの役割を担っている。スズキはアルトワークスをラインナップから外して久しい。ということはアルトワークスの復活か!?
…なぁんて瞬間的に想像して通知をタップ。表示されたヘッドラインの前文は「6速MTあり! 660ccの「新型スポーツモデル」発表! 超パワフルな“81馬力”エンジン搭載した「軽量2シーター仕様」がスゴい! 爆速の二輪車「新型トライデント」発売」というもの。
「6速MTあり!」ではなくて「6速MTしか選択できない」が正解。オートバイはマニュアルミッションであることが話題にはならない。スクーターを除く一部のモデルにオートマチックミッションが採用されたことが話題になるほどなのだ。
「軽量2シーター仕様」って、競技用モデルをはじめとした一部のモデル以外のオートバイは大抵二人乗りだ。「50ccは〜」だの「RMXは〜」だの口を挟みたい御仁は沢山いらっしゃるだろうけれど、オートバイの記事にわざわざ「軽量2シーター仕様」なんて書かない。逆にオートバイの記事だったら「一人乗り仕様」であることの方が話題性はあるだろう。
新型のトライアンフが6速のマニュアルミッションを採用していることに驚くオートバイファンはいない。新型のトライアンフが二人乗りであることに驚くオートバイファンもいない。
「6速MTあり!」で「660cc」で「軽量2シーター仕様」というキーワードの並びは、明らかに軽自動車を匂わせるトラップだ。最後の「爆速の二輪車」というところまで読んで、初めてこの記事が軽自動車のものではないことが分かる。そして僕のようなうっかり者は前述のように勘違いしたままヘッドラインを最後まで読まないままウキウキして通知をタップする。
僕は2024年10月23日の午前中、iPhoneの通知に表示された「▶︎ホンダ“超レトロ顔”「斬新軽トラ」に反響多数!」というSmartNewsの通知を見てタップした。
SmartNews。ニュースという名前を冠したアプリでありサイトである。 さらに記事内には元となる記事のサイトへのリンクもある。キーワードをそっくりコピーしてブラウザに貼り付けて検索すればヤフーニュースの記事が表示される。こちらの配信日時は2024年10月23日6:40と記載されている。
これが2ちゃんのまとめサイトならそれでも構わない。SNSで気になったキーワードを検索して2007年の情報がヒットすることもある。けれど「ニュース」と謳っているのだ。つい最近の出来事だろうと思ってしまうのはこちらが悪いのか?初耳の情報を期待する方が悪いのか?
以前、付き合いのある編集プロダクションから某ニュースサイトの記事を書いてくれという打診があった。条件を聞いたら驚くほど低価格の原稿料に加えて、10本ごとに支払うというもの。
取材費も撮影費もなし。記事のテーマを決めて取材先を選定して編集部に打診して、編集部からのゴーサインを待って取材先にアポを取って取材日を調整して写真は自分で撮影して情報の裏どりも自分でして記事を書いて。それで1本の記事単価が2,000円だった。できるわけがない。
小さな新聞記事を書いていた。興味があった環境問題を中心に、アポをとって取材して写真を撮影して記事を書いた。取材先の人が伝えたいこと。僕が伝えたいこと。伝えたい人にどうやって伝えるか。どうやって興味を持ってもらうのか。限られた文章量の中で過不足なく伝えられるように言葉を綴った。取材先は横須賀の西岸と葉山周辺だけ。それでも移動時間を含めた取材時間は1時間では終わらない。原稿料だって格安だった。それでも1本2,000円だとか10本ごとの支払いだなんて馬鹿げた条件ではなかった。
例えば「自然農」というテーマで記事を書くとする。自然農に携わっている農家の方はもちろん、そうではない現代主流となっている農法を選択している農家の方の話も伺いたい。科学的な裏付けが必要ならば当然関連書籍を読む。図書館になければ自前で購入する。キーボードを叩いてネットの情報も探す。可能なら専門家に話を聞きたいし、記事の内容によっては流通だったり消費者だったり、触れなければいけないことは多岐にわたる。何度も記事を推古するし、提出前に必ず音読する。そうやって書く。
新聞社や出版社が運営しているサイトでもなければ、ニュースサイトに掲載されている記事は何かを伝えることを目的としていない。時間潰しにサイトにアクセスしたユーザーに広告へのリンクを踏ませることが目的だ。広告価格を高くするために必要なのはアクセス数だ。サイト自体のアクセス数とそれぞれのページビュー。そこから広告へつながる確率。それらを分析して広告の価格が決まる。ニュースサイトの運営は広告料で稼ぐビジネスモデルだ。そういうビジネスモデルであることそのものを批判したりはしない。それを生業としているなら堂々と稼げばいいだけだ。
1本2,000円の記事。月収300,000円稼ごうと思ったら150本の記事を書かなければならない。実働20日間として1日あたり7.5本。1日に7本の記事を書くために使う時間はどのくらい必要になるのだろう。1本についてどのくらいの時間が使えるのだろう。少なくとも企業が受注して社員を使って記事を作成して…という案件にはならないだろう。1本2,000円の記事を書くライターを大量に準備して人海戦術でこなすしかない。サイトにレイアウトしてアップする作業もあるけれど、これに関してはバックヤードの作り込みさえしっかりしていれば、ある程度オートメーション化が可能だろう。2,000円の記事は広告媒体のプラットフォームに掲載されて、運営する会社に冨をもたらす。1本2,000円のライターたちはどうやって集めてくるのだろう。それでもこの手のサービスが成立しているということは、そうやって極端な低価格で記事を書くライターが大勢いるということだ。その中にはAIを駆使して短時間で記事を生成することに長けたライターもいるのだろう。取材の能力よりも打ち込むプロンプトのテクニックに長けた人材だ。まさに人間がAIに取って代わられる時代を生きているわけだ。
コロナ禍で対面の取材が出来なかった時期にリモートで取材した記事を納品したことがある。 テーマに沿った取材先の選定と提案。その中から編集部がチョイスした取材先へのアポとり。電話とメールでの取材。写真は先方にお願いして送ってもらう。文章案を送って情報に間違いがないかを確認してもらってから体裁を整え写真を添付して編集部へ送る。記事を1本書くのに数日はかかる。もちろん並行して数本書いてはいるが、1本あたりに必要な時間は1日では足りない。対面の取材ができず、カメラマンが同行して写真を撮ることも叶わず、それでも書いていたのは伝えることの楽しさを知っているからだ。文章を綴ることは楽しいのだ。
手間をかけず取材費用もかけず短時間でサラッと仕上げる。誤字脱字のチェックはもとより、接続詞や助詞の重複なども気にせず、誰もがネットで簡単に得られる情報を再構成してパッケージにする。要するに「コタツ記事」と呼ばれるものだ。
観光地で営業している外国資本のカフェが、大手洋菓子メーカーの商品をまるで自分たちが作ったかのように装って転売したことが問題になった。 その洋菓子メーカーのファンは大いに憤ったし、そうではない人々もSNSで怒りを表明していた。 スーパーで買ってきた惣菜を皿に持って「自家製だ」と偽ってレストランのメニューにしたら、実際にそこで食事をした人だけではなく、それを知った人たちも不愉快だ。法律上の扱いはよくわからないけれど、少なくとも褒められた行為でないのは確かだろう。
僕は「コタツ記事」と「転売」はよく似ていると思っている。
ヘッドラインに騙されて記事にアクセスしてしまううっかりものの僕は、記事中の至る所に配置されている広告をタップすることなく、がっかりと項垂れてアプリを終了する。何度も何度もがっかりさせられて記事の内容に期待することを諦める。ニュースサイトそのものが嫌いになって、通知をしないように設定する。たまにアクセスしてみて、やっぱりがっかりして、アプリそのものを削除する。
うそはうそであると見抜ける人でないと難しい
ひろゆきの言うとおり。
