ありがとうを伝える

日々

海辺の集落から離れる。
波打ち際から離れる。

「東京に戻るよ」
直接、あるいは人づてに、海辺の友人たちが僕の引っ越しを知る。
朝に夕にイヌと散歩をしていた砂浜で声をかけられる。
LINEで、Facebookで、メールで、友人たちからメッセージが届く。

まだ夜の気配が残っているかはたれ時の砂浜をイヌと歩く。
鈍色の空を映す青く染まる前の海。
砂の上に重く溜まる湿った空気。

こんな時間の海辺にイヌと二人きりでいられるのは、今こうしてここで暮らしているからだ。
空の端が微かに色づいたことに気づいて、玄関を飛び出して海に沈む柿色の太陽に心を奪われるのは、今こうしてここで暮らしているからだ。
真っ暗な波打ち際を稲妻のように走る夜光虫の輝きを見られるのは、昼間の海の匂いの変化に気づくからだ。
これから、そんな空気だの夕日だの雨粒だのが縁遠くなることが身に染みて、それが愛おしくて。

今まで、波打ち際のゴミを拾うのは僕の祈りだった。
平和な世界になるように。理不尽を強いられたり不幸を押しつけられたりしない世界になるように。
そんな祈りを込めてゴミを拾ってきた。
それがこのところ気持ちに変化が生まれた。
今までありがとうという気持ち。
この海に少しでも感謝を伝えたいという気持ち。

明るくなってきた空の下で、顔なじみのイヌたちに会う。
パサッと軽い羽音を立ててカラスの番がそばに舞い降りる。
食事を催促するカラスに、サコッシュからドッグフードを取り出してパラパラと投げる。
かぁこたちもありがとう。